ここでは未発表の小作品を紹介しています。
小さな小さなお話です。

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──おはなし──

2021年・後半のおはなし                    「傘の下で」

今日も残業。
お腹はいつも空き過ぎて、食欲も出ないし、やる気もないまま、ふらふらといつもの店に入る。
もうこんな生活が、どれだけ続いているだろうか…

彼女いない歴もあまりにも長すぎて、年数を数えるのも鬱陶しい。
今夜も、いつもの焼酎とつまみを注文して、一人寂しくやっている。

なんとかお腹も落ち着き、最後、自分のアパートへ帰るだけの余力を残して、勘定をすませる。

「まいどあり!」

店員の威勢のよい声に見送られ外へ出た。

あーぁ、今日はますます運がない。
外は雨。しかもけっこう降っている。
一応、サラリーマンなので、かばんの中は仕事の書類が入っている。
やっぱり濡れるとヤバイよなぁ〜

なんて思いながら、やみそうもない雨をずっと見ている。
自分の前を、何人も横切る。

何分、いや何十分経っただろうか、後ろから若い女性の声がした。

「あのぅ、もしよかったらいっしょに入りませんか?どちらまで行かれますか?」

なんと、彼女は自分のアパートのすぐ近くに住んでいるではないか。
俺は、誘われるがままに傘にもぐり込み、一緒に家へたどるまでの時を過ごした。

彼女とぴったりくっつきながら歩いたわずかなこの時間に、人の温もりと心地よい幸せを感じた。
本当の幸せとは、本当に目に見えないほどの小さな小さな出来事なのかも知れない。

この日、初めて今までの自分を反省した。


それからしばらく日が経ち、俺はまた仕事の帰り道を急いでいた。
雨がポツポツ降り出してきた。

わー、またかよ・・・
折りたたみ傘を入れておこうと思いつつ、いつも朝は忙しすぎて忘れてしまう。
まぁ、ギリギリまで寝ている自分が悪いんだけど・・・

わっ、本降りになってきた。今度こそヤベェかも・・・
あっ、いつもの店が見えてきた。
軒下に走り込み、ハンカチを出そうとして目を横にやると、傘立てにこの前彼女がさしていた傘が入っていた。

俺は、そっと店の扉を開いた。
いたいた、そこにはひまわりのようにキラキラとした笑顔の彼女がいた。

俺は、この幸せが自分の元から離れることのないように、彼女の手を握りしめた。

                                              おしまい