ここでは未発表の小作品を紹介しています。
小さな小さなお話です。
──おはなし──
2019年・後半のおはなし 「誰もいないはず」
この部屋にいるのは自分だけ・・・そう思っているのはあなただけ。
気がつかなかったかしら、鏡の前で髭を剃っているあなたの後ろを、私が通った事を・・・
面白いわね、あなたは全然私の事に気がついてくれないの。
ほら、今日もあなたの後をずっと追いかけているのに・・・
毎朝あなたは、マイカーで仕事に出かけるでしょ。私は毎朝、あなたの助手席に乗るの。
私もシートベルトを締めて・・・「カチッ」
あなたはいつも、忙しすぎて私の事をちっともかまってくれないの。
あら、いやだわ、ぬいぐるみなんかに話かけて・・・
「ねぇ、あなた。あのカフェ、もう一度行きたい・・・」
あらら、私がこんなにお話しているのに、全然聞こえてないわ、困ったわね。
あ〜、もう会社に着いちゃった。私も行かなくちゃ。
私が見える人なんてほとんどいないから、イタズラがいっぱいできて、毎日が楽しいの。
お客様のお茶を飲んだり、事務用品の位置を変えて見たり、電話のベルを鳴らしたり・・・
部長ったら、また居眠りしてるわ。鼻をコチョコチョ。
「ハーックション」
ププッ、社員がみんな笑ってる。
ふふふ。色んな事をしていたら、あっと言う間に時間が過ぎちゃうの。
あー、私って忙しいわ。
♪キンコンカンコン〜〜
あら、退社時間の合図だわ、私も急いで帰らなきゃ!
んんっ、何よ、いつも私が座っている助手席に私の知らない女性がいるじゃないの!
しかも、なれなれしく抱きついてるしぃ・・・・・・
ふーんだ、今に見てごらんなさい。
別れさせてあげるから。
彼には私という、彼女がいるんですもの・・・ホホホ
おしまい